糞土師のひとりごと

2013年7月16日 野糞連続記録ついに途絶える

[糞土師のひとりごと]

posted on 2013.07.22

 2000年6月1日から続いていた連続野糞は、13年と45日=4,793日・4,813回で打ち止めとなりました。たとえ都心泊でも海外旅行でも信念で貫き通してきた野糞ですし、慢心していたわけでもないのですが、予想外の展開に残念な結末を迎えてしまいました。当日の起床から終焉に至るまでを、順を追ってご報告いたします。

●5時半:起床。目覚めた時、すでに便意あり。
●6時半:朝食前に、本日の野糞。ウンコの状態は、出始めは上トグロ、全体的には並トグロ。キリの生長した採りたての葉で拭く。葉質はやや硬めで総合評価は4-(優マイナス)
●7時半:朝食。キャベツ、タマネギ、ニンジン、トマト、キュウリ(食べきれないほど野菜たっぷり)とカニカマボコのサラダ+目玉焼き+コーンフレーク牛乳かけ+コーヒー。
●9時前:少し便意があり、念のため2回目の野糞。ウンコは並トグロ~半練泥状で少量。エビヅルの若い生葉で拭き、評価は4+。本調子ではないが、腹部に痛みも不快感もなく、体調はそこそこ。腸は空っぽになったはずで、まずは一安心。
●10時前:残りのサラダとクリームパン1個を食べ、冷たいコーヒー牛乳を飲んで家を出る。
●12時20分:新宿で、編集者T氏と会い、近くの沖縄料理店で昼食(チャンプルー定食+ホットコーヒー)。
 河出書房新社から9月刊行予定の、14歳の世渡り術シリーズ『特別授業“死”について話そう』(仮)の著者の一人として、私は「ウンコに学ぶ生き方・死に方」を執筆した。その原稿依頼を頂いたのがT氏で、食べながらウンコ話をしているうちに、肛門付近が少しジンジンしてきた。どうも下痢っぽい。しかし胃に変調はなく、昼食が悪かったというよりも、食事で腸が刺激されて、今朝の分が降りてきた感じだ。
●14時半前:新宿駅新南口でT氏と別れ、オシッコが溜まっていたのでトイレに入る。小便器の前に立って少しいきむと、オシッコよりもウンコが先に出そうになる。困った!じつは3時から、阿佐ヶ谷で大事な仕事が待っているのだ。我慢できないほどの下痢ではないし、2~3時間あれば日野まで行って、勝手知ったる多摩川で野糞は充分可能だが、そんな余裕はない。かといって仕事が済むまで、ウンコもオシッコもオナラも出さずにいられるだろうか。いや、それ以上に、そんな状態で冷静沈着に仕事ができるはずもない。さっさと放尿を断念してトイレの奥に向かうと、4つある扉のひとつに和式便器のマークがあった。絶対洋式便座にだけは座りたくない私にとって、せめてもの不幸中の幸いだった。
●14時半:ついに運命の時はやってきた。
 まっ白い便器の中で、黄色い透明なやや粘性のある下痢便が、底に溜まっている水と混じり合っていく。所々に鮮やかな朱色のやわらかそうな塊が浮いているのは、未消化のトマトの皮だ。その様は美味しそうなスープかゼリーのようで、ウンコ色とは程遠い爽やかさに満ちている。
 数年前の野糞掘り返し調査では、チーズ状に固まり香辛料臭のする分解途中のウンコを薄切りにして並べながら、これをお皿に載せてフォークを添え、テーブルに置いておいたらどうなるだろう・・・と妄想をたくましくした。今回もこの白い便器に漂う下痢便を見て想った。まっ白い深皿に入れてスプーンを添え、パセリかバジルでも散らしたら、どう見てもこの季節にぴったりの冷製スープだ。きつい香りのチーズを振れば、臭いも誤魔化せるかも・・・。とにかく、写真家としてやってきた私の色彩感覚からしても、ウンコチーズを凌駕する逸品だった。
 この日は駄目押しの野糞までしてきたので、野糞セットの入ったウエストポーチは当然ながら持っていない。トイレに備え付けのロールペーパーで拭いた。調査のために2009年に久々に使ってみたティッシュペーパーは、古紙回収でもらったもので品質が悪かったのか、尻触りが粗く、その評価は3.5だった。それに比べるとこれはもっと感触が良く、もちろんウンコの吸着力は◎で、4+だ。悔しいけれど、これからは紙の評価を少し上げなければ・・・4とか。

 さてさて、「大記録が頓挫したこの事態に、何を考えているのだ」とか、私の悲嘆にくれる様子を期待している方も多いと思います。私自身もそれまでは、いつかは必ず来るこの場面を想い、相当落胆するだろうと考えていました。とにかく、2002年の南米旅行では最も楽しみにしていたマチュピチュ観光を、たった一度の野糞のためにキャンセルしたり、半年後の来年1月には連続5,000回達成も視野に入っていたのですから・・・
 しかし、この時の正直な気持ちは「ほっとした」の一言です。千日行を成就して以来、野糞は当たり前の日常になっていたとはいえ、常にプレッシャーを感じていたのは事実です。その緊張から解き放たれた安堵感は、予想をはるかに超えるものでした。また、記録は途切れてはじめて確定し、次の新たな目標も見えてきます。そしてまた、“3時からの仕事”というのは、連続記録を断ち切ってでも優先させたい価値あるものだったのです。

 ちょうど2年前の2011年7月16日、私は千葉の南房総にいました。マオ猫で知られる売れっ子イラストレーターの山口マオさんに会い、『うんこはごちそう』の絵本作りをお願いするためです。
 当初その絵本は私のウンコ写真で作ろうと考えていたのですが、間もなく不可能だと確信するに至りました。というのは、ウンコや野糞の訴えは新聞でもテレビでもほとんど排除され、さらに3.11大震災後には、被災地でのトイレ問題解決のためのボランティア提案(正しい野糞のしかた講習会)さえも無視されてしまったのです。そんな折に南房総での糞土講演を聴きに来てくれたのを機に、マオさんとの臭れ縁が芽生えたのです。
 猫糞(ねこばば)は、猫が自分の糞を埋めて隠すことから出た言葉で、生来猫は糞土師流正しい野糞をしています。猫を使えば野糞絵本は可能だ、マオ猫こそはまり役のキャラクターだと閃いたのです。
 案の定、マオさんはすんなり受け入れてくれたのですが、出版社の方はままなりません。艱難辛苦の紆余曲折を経てようやく辿り着いたのが、この日3時からの仕事、つまり『うんこはごちそう』の構成を検討する、編集者との重要な打ち合わせだったのです。
 この画期的な野糞絵本を世に送り出せるなら、連続野糞の挫折も、そして一食分の命を返せなくなることも、決して無駄ではありません。今度こそは『うんこはごちそう』が無事出版されることを願いつつ、連続野糞終結のご報告を終わります。

脱原発・反TPP・憲法改悪反対で参院選投票を済ませて
2013年7月21日 糞土師:伊沢正名

2013年 糞土師の新たな決意

[糞土師のひとりごと]

posted on 2013.04.05

 「歴史にはこう記されるだろう。この変革の時代においてもっとも悲劇的であったのは、悪人たちの辛辣な言葉や暴力ではなく、善人たちの恐ろしいまでの沈黙と無関心であったと」 「消極的に悪を受け入れる者は、悪を行うことを助けるものと同様に悪に巻き込まれているのだ」 これは某新聞で最近見つけた公民権運動のリーダー:マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉です。私もまったくその通りだと思います。
 多くの善人は、ウンコや野糞を臭くて汚らしい下品なものとして嫌い、特に公共の場では激しく排除しています。しかし糞はどんなに拒絶されようとも、すべての人々の内にある問題です。人は食べることで多くの生き物の命を奪い、おいしいご馳走を汚いウンコに変えたのは、他ならぬ自分自身です。そして野糞は、不要になったウンコを自然に返して、新たな命につなげる大切な行為です。そのような食の本質を考えず、命とウンコの責任もとらずに、命を返すための野糞を非難するのが、善人の考える良識でしょうか? 私は講演資料のひとつ『正しい野糞のしかた』の片隅に、「人は善をなさんとして悪をなす」の一文を書き込みました。
 善人はみんな悪意はないのですが、物事の上辺だけを見て根本まで見極めず、自分の好みと他人が不快に思うか否か、つまり非難されるかどうかで善悪を判断し、しかもその結果には責任を負いません。悪意がないから反省もしない善人は、かえって厄介です。人が嫌がるウンコを振り撒く善人でない私は、自分で出したウンコの責任を果たそうと考えたら、それまで続けてきた写真家もやめて糞土師になるしかありませんでした。
 そして7年、糞まみれの糞闘は少しづつ芽を出して、公の場でも徐々にウンコが出せるようになりました。昨年は一月末の諏訪市図書館を皮切りに、北海道自然保護協会や国交省管轄の安曇野・烏川緑地公園、鳥取と群馬の県立博物館などでも糞土講演が実現しました。じつは博物館ではきのこ(菌類)展があり、それに写真を提供する交換条件として講演会開催を迫ったのですが、予想以上の参加者があり好評でした。
 今年に入ると1月25日に室蘭工業大学主催、3月10日に釧路短期大学主催の講演会がありました。そして4月29日には茨城県自然博物館のコケ企画展の中で同様に講演を行います。ただし、ウンコとコケはほとんど関連がないという強い反対があり、納得。コケの写真だけでどうやって糞土思想を語るか、新たな挑戦を迫られましたが、よくよく考えてみれば、コケがウンコをしている写真を撮っていました。これだ!
 
 糞土師活動を始めてこの方、世間の良識になじまないウンコや野糞の訴えは、なるべく反発されないように話題を制限し、柔らかく穏やかに話した方が良いのか、それとも率直に本質を語って理解を求めるのか、ずっと揺れ続けてきました。しかし今は、善人にこびて認めてもらうのではなく、認めさせるのだ、と腹をくくりました。昨年は、その決意を促す出来事が束になって降ってきた一年でした。
 ウンコの重要性を理解する上で欠かせない生態系の循環を糞土師流にまとめた『ウンコはご馳走』の完成。病院と介護施設通いが200回を超えた母の介護など家庭の激変に加えて、あわやの交通事故に遭い、まだ先のことだと思っていた人生の締めくくりを真剣に考えた『続・ウンコになって考える』。さらに、3・11大震災であれほど醜い原発事故を経験しながら、安全よりも目先の経済(金)に走ってしまう昨年末の総選挙結果。そして今、原発再稼働やTPP参加(特に農業=食の破壊)、憲法改悪(戦争する国へ)などが現実のものとなる危険が迫っています。安倍政権のもくろみや保身だけの政治家(屋)の行動など充分に予測できていたはずなのに。まさに善人たちの恐ろしいまでの無関心であり、悪に巻き込まれ、破滅への片棒を担いでいます。
 自分は正しいと信じている善人には特に、批判は嫌がられます。しかし批判は、けなしたりおとしめたりするのが目的ではなく、欠点を改めて本物になるためのきっかけです。糞土講演会では『ウンコは良識の踏絵』で、上っ面だけの良識や傲慢な人権派の危うさも批判しています。糞の文字の意味などを元にその根拠を示し、本物の良識・本物の人権を求めているのです。
糞土師活動は野糞の普及などではなく、『食は権利・ウンコは責任・野糞は命の返し方』と、権利と責任のバランスの取れた生き方を提案しているつもりです。しかしウンコの偏見に凝り固まった人の耳にはすんなりとは届かず、陰に陽に多くの批判・非難を浴びてきました。そしてそれが、私の糞度(糞土師としてのレベル)を高めてくれたのです。ビシバシ打たれた愛のムチ。こんな私は案外しあわせ者なのかもしれません。
 善人なんて糞喰らえ! 憎まれ口も遠慮なく叩いてやろうと決意を新たにしています。 

2013年春 糞土師:伊沢 正名

ノグソフィアもIT強化へ

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.07.30

6月はじめからの2ヶ月間、スライド講演会が13回、正しい葉っぱ野糞の実習を含むフィールドワークが5回あり、長野、千葉、神奈川、東京、北海道、鳥取などを駆け巡ってきました。

7月29日に鳥取砂丘であった「お尻で見る葉っぱ図鑑」野外観察会を無事に終え、過密スケジュールを事故もなくこなせて、ホッとしています。また、4月半ばに激変した生活環境も、少しずつ落ち着きを取り戻してきました。

「お知らせ」を除いては、しばらく更新できなかったこのホームページも、ようやく再開できる環境になってきました。・・・※
うんざりするような猛暑の続く毎日ですが、これからもよろしくお願いいたします。

※また、ネット難民の糞土師のために、これまでは講演会の申し込みを手紙か電話に限定していましたが、IT専門家の過過糞(すぎかふん)氏という心強い同志を得て、近日中にネット上でも受け付けることにしました。

おひさしぶりです

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.05.26

4月半ばに老母転倒、骨折即入院。それ以来毎日二度の病院通いが続いてます。その他にも、父の死後そのままになっていた相続の問題やら何やらかにやらが一気にのしかかり、生活が一変してしまいしました。
浮き世ばなれした糞土師も現実には勝てず、心身共に余裕のない日々を送っています。

来月には母は退院見込みですが、今度は6月初めから、「お尻で見る葉っぱ図鑑」などの野外講習も含めて講演会が目白押しです。
6〜7の2ヶ月間だけで、遠くは北海道や鳥取まで、すでに15回の予定が入ってます。どんなに忙しくても、これだけは不退転の決意でのぞみます。

このところHPの更新がおろそかになっていますが、このような事情をご理解のうえ、今しばらくお許し下さい。

ウンコでいいんだ

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.04.06

3月4日の小田原公演会では、参加者50名のうち22名がアンケートに記入してくれました。そして全員が「講演は面白かった」と答えてくれたのが嬉しかったです。

その中に、30代女性のこんな意見、感想がありました。
「とにかく面白かったし、勉強になりました。人間は自然をさんざん破壊して豊かな生活を送らせてもらっているのに、死んだあとの体さえ火葬して、自然の栄養にもならないんだなぁ、と昔から思っていたのですが、ウンコでいいというのはびっくりしました。」
『食は権利、ウンコは責任、野糞は命の返し方』の話を聞き、人間が一生の間にするウンコの量(およそ5〜6トン)を知れば、ウンコを土に返すことの素晴らしさは、死骸以上に意義があると理解できるはずです。

その方の意見はまだ続きます。
「・・・ただ、自分が伊沢さんのように野糞ができるか・・・というと、すごく勇気が要るし、申し訳ないのですが、実行できるかどうかはわからないです。・・・いつか自然が多いところに土地を買うのが夢なので、夢がかなったら、野糞やってみたいです。今は勇気がなくてすいません・・・」
糞土師活動の目的は、単に野糞を広めることではありません。生態系の中で命を根本まで考え、循環型の生活を実現して生きる責任を果たそう、というのが目標です。私の想いは充分に伝わりました。。そして、そういう反応に接した時こそ、話を聞いてもらえて本当に良かった、と糞土師としてのしあわせに包まれます。

2012年、糞土師は・・・②

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.03.20

 大震災と原発事故から一年が経ち、人々の意識は大きく変わり、糞土師の訴えを受け止める下地もできたように感じます。例年になく1月末から講演会が連続し(5週で10講演)、南へ北へと飛び回り、その準備もあってテンヤワンヤ。いつもは旧正月をめどに出すあいさつ状は、大幅に遅れてしまいました。

 今年最初の長野県諏訪市図書館の講演会では、小学生から年配まで定員を超える76名が熱心に耳を傾け、アンケートにも熱く答えてくれました。次の阿蘇〜伊佐(鹿児島県)〜熊本では、「私も肥溜めで下肥を作ってみたい」と言う若い女性まで現れ、続く札幌(×2)と東京(×3)では、共鳴した参加者が新たに講演会を企画してくれるなど、予想を上回る反響に意を強くしています。 
 また、諏訪図書館もそうですが、北海道自然保護協会、日本下水文化研究会、さらにはNPO法人自然観察大学などと、講演の主催者が多彩になり、参加者の幅も広がってきました。
 そして3月4日の小田原。告知期間が短く狭かったにも拘らず50名も参加。翌日は市役所で、段ボールコンポストで生ごみの循環運動を市と協同して進める「小田原生(いき)ごみクラブ」の会議に顔を出し、糞土師活動を紹介。行政にも関わりを持つきっかけが作れたのは、大きな前進です。

 これからも山形、東京、地元茨城などと、まだまだ息を抜けない情況は続きますが、一人でも多くウンコ話を聞いてもらうのが、これまで私を生かし育ててくれた自然と人々へのお返しであり、よろこびです。
 『人は善をなさんとして悪をなす』ウンコへの無知に限らず、上辺だけのインチキエコに騙されて、多くの人が知らず知らずのうちに加害者になっています。物事の本質を見極めるのに最適なウンコを通して、それらのことを知ってほしいのです。

 ほんの数名でも、どんな場所でも、そして講演謝礼など心配せずに、講演会や野外実習(菌による分解の観察・正しい野糞のしかた・お尻で見る葉っぱ図鑑など)を計画して、気軽に声をかけてください。思いが相手に通じるよろこびは、お金には換えられません。また、旅費にも事欠くような場合にはきちんと請求しますし、お布施はありがたく頂きますので、ご安心を。
 私はメールもケータイもありません。手間のかかる面倒臭いヤツで申し訳ありませんが、これも野糞と同様“私の生き様”です。手紙か電話、FAXでご連絡下さい。よろしくお願いします。

          2012年啓蟄
          糞土師 伊沢正名

          〒309−1347 茨城県桜川市富谷1014
          電話、FAX 0296−75−2384   

追伸) 3月8日朝、突然こんな知らせが届きました。
10月にソウルで開かれるオーガニックガーデンシンポジウムに、糞土研究会の女王:曳地トシさん夫妻と共に、糞土師が講師として招待されたのです。事のはじまりは、昨夏、曳地さんが主催し、私も講師を務めるオーガニックガーデンマイスター講座に、韓国から2名の参加がありました。この講座が泊まり込みで行われるようになったのを機に私は朝の時間外特別講座として、希望者に葉っぱの野糞の野外実習を取り入れていました。初体験がさぞかし素晴らしかったのでしょう。さっそく韓国でも!となったようです。
 「仁」を旨とする儒教の国で糞土思想がどう受け止められるか、楽しみな初の海外進出です。

2012年、糞土師は・・・①

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.03.17

 写真をやめ、糞土師になって7年目を迎えました。清潔や快適を良しとするこの社会で、ウンコや野糞への強い偏見と抵抗を覚悟していたとはいえ、予想以上の無理解に困惑してきました。
 まずは話を持ち出すまでが一苦労。テレビや新聞等多くのマスコミでは、ほとんどその機会さえ与えられません。2時間ほどのスライド講演を聴いてもらえば良い手応えが期待できるのですが、それでもまだ思い込みや誤解による批判は残ります。ましてや生の訴えではなく書いたものを読んだくらいでは、糞土師の意思はなかなか通じません。文章の稚拙さも一因でしょうが、ウンコや野糞と聞いただけで頭の中は嫌悪と拒絶が渦巻き、思考を遮断してしまうようです。
 その一方、私自身はこの間ウンコに全精力を注いできたことで、糞土思想は着実に深まってきました。その一部を紹介します。

・食は権利、ウンコは権利、野糞は命の返し方
 生きる基本の食は、他の生き物の命を奪って自分の命にすること。だがそれはヒトの宿命であり、生きる権利。ウンコには、命を奪い、食べ物を臭く汚く変えた責任が詰まっている。しかしウンコを土に還せば他の生き物の栄養になって命が蘇る。
・ウンコは良識の踏み絵
 世の中の多くの知識人は、食とウンコの真の意味を理解し、その責任を自覚しているだろうか。さらに、自分の無知と無責任を棚に上げ、ウンコを軽蔑したり避難したりする傲慢さはないか。ウンコを投げ掛けてみれば、その人の良識の真偽が明らかになる。
・ウンコはご馳走
 単にウンコというだけで、糞土師の話を下世話な糞尿趣味と同列にみなし、安易にスカトロジーだと決めつけて見下す人が多い。私自身も低俗なスカトロは嫌いだが、生き物社会の中で食べ物の実体を突き詰めてみれば、生態系こそは本物のスカトロジーだった。我々人間さえも、ある種のウンコを食べなければ生きていられないのだ。
・ウンコになって考える
 カスで死物だと思っていたウンコは、自然の中では動物に食われ、菌類に分解吸収され、最後に残った無機物さえ植物に吸収されて消滅する。しかしそれは、他の生き物に命を手渡すこと。生きる権利を主張し、豊かさを手に入れることもよろこびだが、権利は正当化された(誰が正当化したのか?)欲望に過ぎない。それに対して死は(火葬なんてもっての外)ウンコと同等に単なる終末ではなく、生態系の中で他者に命を譲り、生きた責任を果たすこと。ウンコにならって考えれば、生死観も含めて、理想的な生き方や、本物のしあわせが見えてくるに違いない。

 近頃だいぶウンコになってきた糞土師は、“ウンコで世直し”的な気負いも薄れ、無視されるのも平気。さらにはアナーキストやスカトロジー、ウンコ原理主義などの批判的な言葉さえ納得して受け入れ、かえって肥やしにできるようになりました。
 水洗トイレで排泄し、ウンコの処理に莫大な資源とエネルギーを浪費し、最後は大量の重油で燃やして灰にする。環境を破壊し、命を返さず、平然とふんぞり返っている世間の良識人?が、野糞を汚らわしい犯罪行為だと避難するなんて、とんでもないお門違いです。
『場所選び、穴を掘り葉で拭き、水仕上げ。埋めて目印、年に一回』これが糞土師流正しい野糞です。命を大地に還すだけでなく、自然にも他人にも迷惑をかけない、やさしい野糞法です。特に葉っぱ野糞は、排泄の概念を破る楽しさ、気持ち良さ、満足感に満ち溢れ、加えて人々の価値観や生き方まで考えさせられる目からウンコの講演活動は、まさに生きるよろこびいっぱいの充実した毎日です。

続く

諏訪市図書館にウンコがあふれた!

[糞土師のひとりごと]

posted on 2012.02.08

今年最初のウンコ講演会は、1月28日、長野県諏訪市図書館で開かれました。
定員70名、申込は40名ほどと聞き、「そこそこの入りだな」と思いながらスライド映写の準備をしていると、小中学生から年配の方々まで、まさに老若男女が席を埋めてゆき・・・地元だけでなく県内外から、定員を上回る76名が参加してくれました。
私も熱くなり、ウンコと野糞の基本の話だけでなく、良識や軽犯罪などまで、時間をオーバーして話を深められました。

アンケートも実施したのですが、40名から回収。その中で、大好き、好き、どちらともいえない、嫌い、大嫌い、と5段階に分けて講演を聴く前と後それぞれの思いを記入してもらいました(38名が回答)。すると、事前の「嫌い」は6名。「好き」と「大好き」を合わせると10名でした。さすがに「大嫌い」は無し。
それが話を聞いた後では、すでに「大好き」だった3名を除いて、1ランクアップが14名。2ランクアップ(嫌い→好き。どちらともいえない→大好き)は8名でした。(評価が下がった人はいません)
ウンコや野糞の意義を頭の中で理解するだけでなく、多くの方が愛着を持ってくれたことが、何よりも嬉しかった。偏見を破っていくには、好きになるのが一番です。

この講演会を企画、運営していただいた図書館の茅野さんからは、「・・・アンケートの回収率も、書き込み具合も熱いものが感じられ、私が今まで関わった中でもぴかいちだったように思います。・・・」という手紙をいただきました。
この2月は九州、札幌、東京で8回公演会がありますが、幸先のいいスタートに、更なる闘志を燃やしています。

3月以降も少しずつ予定が決まってきてますが、まだまだ空きはたっぷりです。関心のある方は、参加人数や講演謝礼など気にせずに(お布施、投げ銭で充分です)気軽に声をかけてください。ウンコ話をたっぷりひっさげて、可能な限り出掛けます。
ご連絡は、手紙かFAXでお願いします。

〒309−1347
茨城県桜川市富谷1014
糞土師・伊沢正名

0296−75−2384

良いお年を!

[糞土師のひとりごと]

posted on 2011.12.31

この年末はギリギリまでの全力疾走(迷走)でした。
11月発行予定の『ノグソフィア』13号の制作が遅れに遅れ、押し詰まった27日にようやく完成、夜中に発送。作業を手伝ってくれた地元糞土研会員の皆さん、お疲れさまでした。

人類生き残りへの提言『発明禁止令の大復活』(糞便DNA鑑定士)を巻頭に、原発事故に関連して『土に還せるウンコと還せないウンコ』(糞土還)と『フンド坊のひと言メッセージ』(小池桂一さんの素晴らしいイラスト付き)。縄文人〜アイヌ民族〜マタギのウンコの作法と、糞土研推奨の「正しい野糞の仕方」の共通性を論じた『縄文人は山で野糞をしたか?』(糞坊主)。子どもの緊急事態を「正しい野糞」で乗り切った『野糞の温かな思い出』(フンデルト土蛙)。研究論文調の『震災に見る次世代トイレ再考の必要性』(フンテリアコーディネーター)。写真付きで楽しく読ませる『おさるのウンコ事情』(路傍亭猿糞)。そして『2011年、糞土師の軌跡』など、今号も充実した内容になりました。
おまけに、8ページの論文『ウンコは生態系を巡るご馳走』(糞土師)を付録に付けるという大盤振る舞いです。
今回に限り、会員外でも希望があれば、ノグソフィア13号を付録つきで配布します。
郵便振替口座『00160−9−433086 糞土研究会』へ、「ノグソフィア13号希望」と明記の上、1000円をお送り下さい。

来年2月には、九州、北海道、東京で7つの講演会(うち2つは会員制で、公開せず)が決まり、その調整や準備でもだいぶ時間が取られました。そのうちの一つ、自然観察大学ではスライド映写不可。フィルム写真にこだわり続けている私は、「自分で映写機を担いで行くから」とねばったのですが、会場の都合でダメでした。しかたなく90枚近いスライドをデータ化したのですが、そのお陰で、今度はパワーポイントでの講演も可能になりました。
これまでのスライドプロジェクターを担いでの講演旅行は特に腰痛の時など苦労の連続で、時には中止に追い込まれることもありました。これからは臨機応変に、パワーポイントも併用して講演に出掛けられます。私の持ち味は、転んでもただでは起きないこと。むしろ、転んでこそ良い拾い物があるんですね。デジタルに頼るのはちょっと口惜しいけど、プラス面はすなおに受け入れます。

そんなこんなの大忙しで、弁論糞ぷん「ウンコになって考える」は、12/8の④までで中断していましたが、正月明けには再開します。お許しを。

では、皆さま、良いお年を!

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