2013年7月16日 野糞連続記録ついに途絶える

[糞土師のひとりごと]

posted on 2013.07.22

 2000年6月1日から続いていた連続野糞は、13年と45日=4,793日・4,813回で打ち止めとなりました。たとえ都心泊でも海外旅行でも信念で貫き通してきた野糞ですし、慢心していたわけでもないのですが、予想外の展開に残念な結末を迎えてしまいました。当日の起床から終焉に至るまでを、順を追ってご報告いたします。

●5時半:起床。目覚めた時、すでに便意あり。
●6時半:朝食前に、本日の野糞。ウンコの状態は、出始めは上トグロ、全体的には並トグロ。キリの生長した採りたての葉で拭く。葉質はやや硬めで総合評価は4-(優マイナス)
●7時半:朝食。キャベツ、タマネギ、ニンジン、トマト、キュウリ(食べきれないほど野菜たっぷり)とカニカマボコのサラダ+目玉焼き+コーンフレーク牛乳かけ+コーヒー。
●9時前:少し便意があり、念のため2回目の野糞。ウンコは並トグロ~半練泥状で少量。エビヅルの若い生葉で拭き、評価は4+。本調子ではないが、腹部に痛みも不快感もなく、体調はそこそこ。腸は空っぽになったはずで、まずは一安心。
●10時前:残りのサラダとクリームパン1個を食べ、冷たいコーヒー牛乳を飲んで家を出る。
●12時20分:新宿で、編集者T氏と会い、近くの沖縄料理店で昼食(チャンプルー定食+ホットコーヒー)。
 河出書房新社から9月刊行予定の、14歳の世渡り術シリーズ『特別授業“死”について話そう』(仮)の著者の一人として、私は「ウンコに学ぶ生き方・死に方」を執筆した。その原稿依頼を頂いたのがT氏で、食べながらウンコ話をしているうちに、肛門付近が少しジンジンしてきた。どうも下痢っぽい。しかし胃に変調はなく、昼食が悪かったというよりも、食事で腸が刺激されて、今朝の分が降りてきた感じだ。
●14時半前:新宿駅新南口でT氏と別れ、オシッコが溜まっていたのでトイレに入る。小便器の前に立って少しいきむと、オシッコよりもウンコが先に出そうになる。困った!じつは3時から、阿佐ヶ谷で大事な仕事が待っているのだ。我慢できないほどの下痢ではないし、2~3時間あれば日野まで行って、勝手知ったる多摩川で野糞は充分可能だが、そんな余裕はない。かといって仕事が済むまで、ウンコもオシッコもオナラも出さずにいられるだろうか。いや、それ以上に、そんな状態で冷静沈着に仕事ができるはずもない。さっさと放尿を断念してトイレの奥に向かうと、4つある扉のひとつに和式便器のマークがあった。絶対洋式便座にだけは座りたくない私にとって、せめてもの不幸中の幸いだった。
●14時半:ついに運命の時はやってきた。
 まっ白い便器の中で、黄色い透明なやや粘性のある下痢便が、底に溜まっている水と混じり合っていく。所々に鮮やかな朱色のやわらかそうな塊が浮いているのは、未消化のトマトの皮だ。その様は美味しそうなスープかゼリーのようで、ウンコ色とは程遠い爽やかさに満ちている。
 数年前の野糞掘り返し調査では、チーズ状に固まり香辛料臭のする分解途中のウンコを薄切りにして並べながら、これをお皿に載せてフォークを添え、テーブルに置いておいたらどうなるだろう・・・と妄想をたくましくした。今回もこの白い便器に漂う下痢便を見て想った。まっ白い深皿に入れてスプーンを添え、パセリかバジルでも散らしたら、どう見てもこの季節にぴったりの冷製スープだ。きつい香りのチーズを振れば、臭いも誤魔化せるかも・・・。とにかく、写真家としてやってきた私の色彩感覚からしても、ウンコチーズを凌駕する逸品だった。
 この日は駄目押しの野糞までしてきたので、野糞セットの入ったウエストポーチは当然ながら持っていない。トイレに備え付けのロールペーパーで拭いた。調査のために2009年に久々に使ってみたティッシュペーパーは、古紙回収でもらったもので品質が悪かったのか、尻触りが粗く、その評価は3.5だった。それに比べるとこれはもっと感触が良く、もちろんウンコの吸着力は◎で、4+だ。悔しいけれど、これからは紙の評価を少し上げなければ・・・4とか。

 さてさて、「大記録が頓挫したこの事態に、何を考えているのだ」とか、私の悲嘆にくれる様子を期待している方も多いと思います。私自身もそれまでは、いつかは必ず来るこの場面を想い、相当落胆するだろうと考えていました。とにかく、2002年の南米旅行では最も楽しみにしていたマチュピチュ観光を、たった一度の野糞のためにキャンセルしたり、半年後の来年1月には連続5,000回達成も視野に入っていたのですから・・・
 しかし、この時の正直な気持ちは「ほっとした」の一言です。千日行を成就して以来、野糞は当たり前の日常になっていたとはいえ、常にプレッシャーを感じていたのは事実です。その緊張から解き放たれた安堵感は、予想をはるかに超えるものでした。また、記録は途切れてはじめて確定し、次の新たな目標も見えてきます。そしてまた、“3時からの仕事”というのは、連続記録を断ち切ってでも優先させたい価値あるものだったのです。

 ちょうど2年前の2011年7月16日、私は千葉の南房総にいました。マオ猫で知られる売れっ子イラストレーターの山口マオさんに会い、『うんこはごちそう』の絵本作りをお願いするためです。
 当初その絵本は私のウンコ写真で作ろうと考えていたのですが、間もなく不可能だと確信するに至りました。というのは、ウンコや野糞の訴えは新聞でもテレビでもほとんど排除され、さらに3.11大震災後には、被災地でのトイレ問題解決のためのボランティア提案(正しい野糞のしかた講習会)さえも無視されてしまったのです。そんな折に南房総での糞土講演を聴きに来てくれたのを機に、マオさんとの臭れ縁が芽生えたのです。
 猫糞(ねこばば)は、猫が自分の糞を埋めて隠すことから出た言葉で、生来猫は糞土師流正しい野糞をしています。猫を使えば野糞絵本は可能だ、マオ猫こそはまり役のキャラクターだと閃いたのです。
 案の定、マオさんはすんなり受け入れてくれたのですが、出版社の方はままなりません。艱難辛苦の紆余曲折を経てようやく辿り着いたのが、この日3時からの仕事、つまり『うんこはごちそう』の構成を検討する、編集者との重要な打ち合わせだったのです。
 この画期的な野糞絵本を世に送り出せるなら、連続野糞の挫折も、そして一食分の命を返せなくなることも、決して無駄ではありません。今度こそは『うんこはごちそう』が無事出版されることを願いつつ、連続野糞終結のご報告を終わります。

脱原発・反TPP・憲法改悪反対で参院選投票を済ませて
2013年7月21日 糞土師:伊沢正名

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