若者に無理矢理糞土講演を聞かせてみた

[イベントレポート]

posted on 2014.07.11

糞教授:有川 智己(神奈川)

 私は昨年から、慶應義塾大学の文系学生に、教養科目としての生物学を教えています。万能細胞や脳科学、遺伝子組み換えや生物工学などといった現代生物学の知識や理解も重要とは思いますが、私はむしろ、生命の起源や生物の進化、生物多様性、生態系や環境問題などといったテーマに力点をおいています。われわれ人間も動物の一種であり、自然界の一部であること、歴史的にも、物質循環やエネルギー循環といった観点からも、地球上の様々な生物や地球環境とつながっているのだということを、学生に伝えたいと思っています。人口が増えて世界中に満ち、環境を改変し、膨大な資源を消費する人間の文明が、地球環境・自然環境に大きな負荷となって様々な問題を起こしている現状を見過ごせません。
 人間も動物の一種として、本来自然界の物質循環の中に組み込まれている存在なのだということを、糞土師・伊沢正名さんほど、正面から真剣に突きつめて考えている人はいません。そのインパクトたるや相当なものです。そこで昨年10月28日、私が担当している講義にゲストスピーカーとして、糞土師をお呼びしました。55名の学生が、事前の予告もなく、好むと好まざるとにかかわらず、当日いきなり「糞土講演」を聞かされることになりました。

 多感な年頃ですし、視覚を刺激する鮮烈なウンコ写真もあれば、想像力を刺激する味や匂いの具体的な体験談あり、「今朝、このキャンパス内で野糞をしてきた」というリアルな告白もあり(当キャンパスは都会にありながら、約15ヘクタールの森を抱えています)の糞土講演です。気分・体調を害する学生や、反発し、怒って出ていく学生もいるのではないかと、ある程度覚悟しておりました。
 しかし、最初は眉をひそめ、嫌悪の表情を浮かべていた学生たちも、糞土師の情熱のこもった、そして経験を積み重ねて工夫された講演に、やがて引き込まれて行きました。講演のあとでB4版の答案用紙に感想を書いてもらいましたが、ほとんどの学生は用紙に一杯、かなりの分量を書きました。
 「話が衝撃的過ぎて(もちろん写真もですが)はじめは正直、なんで野糞、と少し嫌な顔をして聞いていたような気がします。ですが、お話を全部聞いて、おっしゃっていることがよく分かりました。」
 「はじめ、正直退いてしまったが、話を聞くに連れて今までの自分の考えがいかに視野のせまいものか痛感した。」
 「内容はなかなかキツイところもありましたが、確かにそうだと思う点も多くありました。」
 「私は今まで糞のことについて考えたことがなかったので、今日の講演は衝撃的でした。糞は生態系の要だと言うことを聞いた当初は正直言いすぎのような気がしましたが、写真を見ていくうちに、本当に自然に返って重要な役割を果たしているのだと思うようになりました。」
 途中退席や、食って掛かる学生もおらず、感想文にしても完全な反発や全否定のような批判は一人としてなく、かえって拍子抜けするほどでした。今の学生たちは、「さとり世代」と言われ、熱くなることはほとんどなく、円滑な人間関係を一番に望み、人との衝突や面倒を避けるというようなことが言われます。しかも、慶應の学生は概して要領がよく、柔軟で、相手の意図を読み取る力に長けています。レポートを出させたり感想を書かせたりしても、当たり障りのない、優等生的なものばかりになるのは今回に限ったことではありません。しかし、そのような傾向はあるにせよ、学生たちが糞土師の講演によってこれまで考えたことも無かったようなことを考え、それなりの衝撃をうけ、糞土師の考えや思いを前向きに受けとめたことは確かなようです。たとえば、以下のような感想文もありました。
 「大学に入るにあたり、人知れぬところで苦しんでいる人に道を拓くことを志して慶應に入学したが、大学の知名度のせいか、なんとなく傲慢な態度の人が多いような気がして、いつしか自分もその流れに流され世間体を気にするようになり、嫌気がさしていたところだった。そんな中、「糞」という、一般には人が嫌うような物に対して正面から真摯に向き合い、環境に対して謙虚に向き合う伊沢さんの姿には非常に心を打たれた。お世辞でもなんでもなく、10代最後に出会えて良かったと思う一人である。日頃、つまらないことがあるとよく「クソが...」などと口走っていたが、今日の話を聞くと、今後そのような姿勢は改めようと思う。(クソに失礼である。)」

 鳥取県立博物館の学芸員をしていた一昨年の夏、伊沢さんの協力も得て大規模なきのこ展を行いました。展示室の一角にうんこが土に還るパネル展示コーナーを設けたり、関連行事で糞土講演会も実施しました。このとき伊沢さんの講演を「好きこのんで」聴きに来たお客さんよりも、好むと好まざるとに拘らず聴かされた学生たちのほうが、反発も少なく、好意的であったことは意外でした。常識や慣習をどこか醒めた目で見ている今時の若者たちのほうが、糞土思想に対しても柔軟なのでしょう。
 感想文によれば、多くの学生たちは、「自分にはとても真似できないが」とか「野糞を全面的に肯定することはできないが」とか、「都市に暮らす私たちには無理だけれど」とか、「仮に全員が自然に還そうとすれば処理が追いつかないだろうけれど」といったように、糞土師の主張に理解は示しながら、その主張からはある程度の距離を保とうとしていました。講演の直後に書かせたということもあって、資料なども読み込んでおらず、十分思索の時間をとったわけでもないので、素朴な反発や疑問が述べられたりもしています。しかし、これまで全く考えたこともなかった考え方、生き方に接したことは、今後の彼らの人生や仕事にかなりの影響を与えたのではないかと思います。
 年度末の授業についての無記名アンケートでも、自由記述欄に、あえてこの講演会に言及し、とても印象深かったと書いている学生が数名おりました。年間28回の講義の中で、これが一番印象深かったと言われるのも、残りの27回を担当する身としては内心複雑ですが、今年度も是非このような機会を設けたいと、学生には内緒で思っているところです。

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